可愛い女(ひと)
商店の中で、お皿を手に取る女性を見て、ある人を思い出した。
テレビの画面に写った女性で、別に知り合いという訳ではない。
あるドキュメンタリーの主人公で…その人の荷物の整理…早い話が廃棄処分する場面だった。
色々あったが、一番強く記憶に残ったのは、その人が好きで集めていた食器類
それを業者が無造作になげいれ、音を立てて壊れる。
その人は傍でじっと見ているだけ…
指示をしているのは、その人の旦那さん。
ずっと終始穏やかな笑顔で、何も喋らずに見ていた。
その人は、アルツハイマー認知症…
ほとんどのことを認知出来なくなっていた。
目の前で何が行われているのか、全く理解していなかった。
その時二人は知り合って20年以上経っていたが、籍を入れたのは、彼女の病状が悪化した最近の事だったらしい。
同棲して20年ほどの間に、どうしてもっと早く籍を入れなかったのですかと問われ
『いやぁ…自分としては、別の人がいるかな…もう少し… … …のほうが良いかな…とか思ってて…』
男性が決断しないまま時間が過ぎ、三十代後半で同棲した彼女はもう、六十に手が届こうとしている。
捨てられていく食器はセット物がいくつもあった。
一人用とか二人用とかではなく、枚数のある家族用に見えた。
彼女は、何を思いながら食器を集めていたのだろう…
勝手な想像ですが…
本当は結婚して、キチンと籍を入れて暮らし始めたかった。
出来れば、子供がほしかった。
早く、結婚すると言ってくれないかな…
子供が欲しいと言ってくれないかな…
そんな思いで、食器たちを眺めたのではないか。
だから、彼の機嫌を損ねないように…笑っていよう
いつも笑っているのが、いつしか彼女の習いとなり
何も分からなくなった状態でも、その縛りが解けないのでは…
せめてもう少し早く
本人が、奥さんであることの喜びを味わう時間があるうちに
言ってくれたら…
どんなに喜んだだろう
彼女のけなげさが…哀しい